
幕末、釜石周辺では釜石湾内に尾崎、黒崎、鎌崎、両石湾に仮宿、大槌湾に小白浜(箱崎白浜)、吉里吉里湾にはアサヶ尻、碇川の7ヶ所に砲台が築かれた。この砲台場は寛政年間(1789~1801)以降、北辺の警備のために幕命により南部藩が築いたものです。
仮宿砲台場跡は仮宿漁港の南西の岬にあり、当時の装備は2貫目木砲が一挺装備されていた。
それ以外の砲台は鎌崎は釜石大観音のすぐ下、黒崎は県道平田-桜峠線の尾崎入り口の500mほど手前の岬、尾崎は尾崎半島の青出しの手前と思われる。アサヶ尻は吉里吉里の旧レストランあかぶの手前の森の中にある。
碇川砲台場跡は浪板海岸の松林の手前にあり、元治2年(1865)、前川善兵衛が藩命を受け芳賀惣兵衛とともに一ヶ月の突貫工事で延べ6000人の人員を動員し完成させた。
【右の写真は碇川砲台場跡】